2019年12月20日金曜日

パンテーンのホリデイ向け動画にトランスジェンダーの合唱団が出演しています(+ホームレスの話)

トランスジェンダーの旗と「ハッピーホリデー」の文字
性的少数者にとっての帰省シーズンの憂鬱さというのは色々な場で語られていて、ある意味、定番の題材です。
アメリカP&G社のヘアケア・ブランド「パンテーン」は、メディア・モニタリング団体GLAADと協力してホリデイ・シーズン向けの動画を制作しました。

動画では「帰省はどんな人にとっても美しいものであるべきだ」という期待を込めて、家路につくトランスジェンダーの人々を映しています。
出演しているのはアメリカ初のトランスジェンダー合唱団「Trans Chorus of Los Angeles」、曲はクリスマス・ソングの定番「I'll Be Home For Christmas」(クリスマスを我が家で)です。


冒頭の字幕では、「今年のホリデイ・シーズンには1億3700万人のアメリカ人が帰省する (*1)。しかし、LGBTQ+の人々の44%は本当の自分のままでは家に帰れないと感じている (*2)」とあります。
そして最後は、「いつ帰ろうと、どこへ帰ろうと、どんなふうに帰ろうと、帰省は美しいものであるべきだ」と締めくくられます。
*1 The Travel Channel, 2019
*2 Kantar, 2019
(数字の出典はプレスリリースより)

出演しているメンバー4人のインタビュー動画もあるので、話の一部を簡単に紹介します。パンテーンの広告なので「私にとって髪がいかに大切か」という話もしていますが、そこは省きました。


クリスタルさん
服装やヘアメイクなど見た目に関して家族とたくさんの交渉があった。ここ数年は母がきれいだと言ってくれるようになった。
祖母は“私の孫娘のクリスタル、愛してる”と文字の入ったキルトを送ってくれた。
家族が女性としての私に敬意を示してくれるのは、私にとって何よりも大切なこと。
帰省するトランスの人たちもくじけないでほしい。時間をかければきっと家族も愛してくれるようになるはず。


ミリアナさん
子供の頃、私が髪を伸ばすのを嫌った父から丸刈りにされた。私にとって大切なものが一瞬にして奪われてつらかった。
父からは絶対に女性として受け入れないと言われたが、5年後に娘と呼んでくれた。
昔は帰省するのはいつも不安だったが、今は安らげる家だと感じられる。
若い人たちも私みたいになれると知ってほしい。勇敢に自分を貫けば他の人も後に続く。


スティーヴンさん
カミングアウトして最初のホリデイでは、家族はすごく慎重になって人称代名詞を全く使わなかった。
テストステロン(男性ホルモンの一種)を摂取してからは声も低くなり、体臭も変わり、犬が気付いてくれなかった。
ボーイフレンドと一緒にホリデイに帰省できるというのは僕にはすごく重要だ。
トランスジェンダーの人たちに知ってほしいのは、自分の全てを理解している必要はないということ。家族からの疑問に「わからない」と答えてもいい。わからないからといってあなたのアイデンティティが根拠に欠けるということではない。
僕にとって家とは、世間からどう見られるか心配することなく、ただ自分自身でいられるところ。

次の動画のMJさんは「chosen family」について語っています。
chosen familyは自分で選んだ家族という意味で、血縁や法的なつながりはないものの家族のような絆を結んだ仲間のことです。
直接的な由来としては、親兄弟との縁を切らざるを得なかったLGBTQの人同士が、選択というよりは必要に迫られて、「ファミリー」を構成するようになったことだそうです。
現在では広い範囲で使われていて、chosen familyの形にも決まりはないようです。
《参考》Choosing your own family members can be life-saving. Here’s why these Canadians did it.| Global News (2018)


MJさん
血のつながった家族の話はできないが、私にはたくさんの“兄弟姉妹”がいる。
トランスジェンダーの人にとってchosen familyを見つけるのは大切だ。私がホームレスだった時にchosen familyが手を差し伸べ、命を救ってくれた。
家というのは眠る場所ではなく、近くにいて私を愛してくれる人たちのこと。
帰省するトランスジェンダーやジェンダー・ノンコンフォーミング(*)の若者たちには、家族が本当のあなたを思い出にできるようなホリデイにしてほしい。

* ジェンダー・ノンコンフォーミング(gender non-conforming)…例えばスカートをはく男性のように、表現や行動が社会に浸透している「男らしさ」「女らしさ」に当てはまらないこと。

*****

そもそも、LGBTQの若者はホームレスになるリスクが高いことで知られていて(アメリカ以外でも)、なかでも非白人やトランスジェンダーの人はさらにハイリスク層とされています。
要因のひとつは家庭の貧困だといいます。
親や保護者が経済的に不安定な家庭だと、親が子供の性のあり方と向き合う余裕を持てず、断絶にいたるまで親子関係が悪化しやすいのだそうです(*2)。そこから自立しようにも、非白人やトランスジェンダーの人は仕事や住居を探す際に不当な扱いを受けやすく、生活を安定させるのは困難です。
さらに、ホームレス用のシェルターも男女で分かれていたり、他の利用者から差別的な扱いを受けたりして、必ずしも安全とは言えないようです(*1)。そのためLGBTQ向けのシェルターが作られ、シンディ・ローパー(*3)やマイリー・サイラスのように支援活動をする芸能人もいます。

《参考》
*1 Why There’s a Homelessness Crisis Among Transgender Teens | CityLab (2019)
*2 Homelessness among LGBT youth in the United States | MDedge (2019)
*3 歌手のシンディ・ローパーが設立したことで有名な「True Colors United」が制作した冊子(のPDFデータ)が興味深いです。
『自立したLGBTQの若者のためのサバイバル・ガイド』と題して、親や保護者を頼れなくなった若者が自立するうえで何が必要か、どうやって手に入れるかを解説しています(ID、住居、仕事、高校卒業、大学進学、医療、弁護士、銀行口座の作り方、クレジットスコアの上げ方など)
On Our Own: A Survival Guide for Independent LGBTQ Youth | True Colors United

《関連》
日本にもLGBTの生活困窮者を支援する団体があります。
LGBT支援ハウス | LGBTハウジングファーストを考える会・東京
貧困の現場から [19] LGBT支援ハウスがなぜ必要なのか?|論座 (2018)

《ブログ内関連ページ》
【タイ】シャンプーの広告で描かれるトランスジェンダー女性と父親の物語 (2018)
春節 中国の親がLGBTの子供に贈る短編映画 (2015)