2019年3月2日土曜日

台湾の葉永鋕事件と母親の“葉ママ”、そしてジョリン・ツァイ(蔡依林)

台湾国旗の画像
2000年、台湾で葉永鋕(よう・えいし)という中学3年生の男子が学校内で亡くなりました。女の子みたいだという理由でいじめを受けていた彼の死(*)は、性的多様性の議論に大きな影響を与えたそうです。
今回は、彼の母親のドキュメンタリーに加え、台湾のポップスター、ジョリン・ツァイの話にまで広げていきます。
* 死に至る経緯には不明な点があり、いまだにはっきりとわかっていないらしい。

葉永鋕の母親、“葉媽媽”(葉ママ)こと陳君汝さん

2015年、葉永鋕の母親に取材した短いドキュメンタリーが制作されました。
英語字幕をもとに大まかに訳してみます。動画のなかで葉永鋕事件の概要も説明されています。
約5分。中国語と英語字幕。




[葉ママ]
息子はとても思いやりのある子でした。
「ママ、どうしてこんな夜遅くまで働くの。早くシャワー浴びてきて。青菜炒めを作っておくからご飯にしよう」と言ってくれていました。
私が疲れきっているのをわかっていて、毎晩、肩ももんでくれました。
職場の人は、「おたくの息子はうちの3人の子供を合わせたよりも良い子だ」と言ってくれました。

小学三年生の時に先生から、この子は女の子みたいなものを好むから医者に診せなさいと言われました。でも精神科医は、「息子さんはいたって正常です。彼を変だと思う人がいたら、その人こそ正常ではありませんよ」と言いました。

[字幕]
永鋕は休み時間にトイレに行こうとしなかった。
一部の同級生がいつも彼を女っぽいと馬鹿にしていたからだ。
彼らは永鋕の性別を確かめようと、トイレで無理やりパンツを脱がせていた。

[葉ママ]
息子は、「ママ、あの子たち、毎日パンツを脱がせてくるんだ。僕を捕まえてパンツを下ろすんだ」と言いました。パンツを脱がせて私の息子をいじめていたんです。

一度、息子からメモを渡されました。「ママ、助けて。あの子たちが僕を叩こうとする」と書かれていました。頭にきて学校に文句を言いに行きました。何度か先生に報告しましたが、何もしてくれませんでした。

[字幕]
2000年4月20日午前中、永鋕は休み時間のチャイムが鳴る5分前に教室を出てトイレに行った。その後、血だまりの上で倒れているのが発見された。病院に搬送された後、亡くなった。

[葉ママ]
救急救命室に送られた時は、息子の口や鼻から血が流れ続けていました。私は、「もうおしまいだ」と言いました。

[字幕]
学校側は警察に通報せずにトイレの血を掃除してしまった。

[葉ママ]
裁判の判決の日、裁判所に来るように言われました。一審の判決では学校や生徒は無罪で、私に判決を受け入れて署名するよう求めてきました。気が狂いそうでした。絶対に同意などできません。彼らは息子が心臓病で死んだというんですよ。私は息子の健康保険証を見てくれと言いました。息子の健康保険の記録を見てください。これまでに心臓の医者にかかったことがありますか?

夫が司法解剖に立ち会いました。私は入りませんでした。
検察官から言われました。
「解剖の結果によっては被告が無罪になる可能性もあります。それでも、彼が病気だったのかどうか、解剖しないことには本当のことがわからないんです」
被告側は息子が死んだのは病気のせいだと言い続けましたが、実際は病気ではありませんでした。

ある高校生から手紙をもらったことがあります。彼は、自分が今日まで生き延びられたのは奇跡だと書いていました。
多くの子たちが自殺し、窓から飛び降りています。その子たちは何か罪を犯したんでしょうか。 私ならそう問いかけます。彼らは有罪ですか?

私は子供を失いました。でも、息子みたいな子たちを救わないと。私の立場を明らかにすることで彼らを救えるのなら、そうしたいと思います。本当にそうしたいと思います。

[字幕]
永鋕がこの世を去って2年後、台湾で性別平等教育法[*]が成立した。
上訴から6年後、裁判所は判決を変え、学校の責任者3名に業務上過失致死罪を言い渡した。
* 性別平等教育法…学校での性差別や、性自認・性的指向による差別を禁止する法律。当初は男女平等を目的に起草されていたが、葉永鋕事件後、性自認や性的指向も加えられた。

[字幕]
2010年、葉ママは高雄で行われたLGBTプライド・パレードに参加した。

[司会者]永鋕君のお母さん、葉ママをお迎えしましょう。
「ここ高雄でみんなに会えてすごく嬉しいです!」
「私の子供たち!勇敢でありなさい。神様があなたたちのような人を創ったんだから、あなたたちの人権を勝ち取る希望の光はあるはず。自分を貫きなさい。恐れてはだめ」

[葉ママ]
会場の皆が泣いていました。「私の子供たち」と私は叫びました。私の子供たち、泣くな、泣くんじゃない。泣いていると弱く見える。私たちは何も間違ったことはしていない。私たちの権利を勝ち取るために、私たちは陽の光に向かって顔を上げなきゃだめなんだ。

[字幕]
他の人とは違っていても、支えてくれる人は必ずいる。
ありがとう。あなたのおかげで、私は私でいられる。
[動画終わり]



ジョリン・ツァイ(蔡依林)

このドキュメンタリーを制作したのは歌手のジョリン・ツァイ(蔡依林)。日本では安室奈美恵に例えられることもあるポップスターです。彼女は婚姻の平等などLGBT関連の積極的なサポーターとしても知られ、台湾を代表する「ゲイ・アイコン」とも称されています。
2014年には同性愛をテーマにした曲「不一樣又怎樣」を発表し、ミュージックビデオでは自ら女性カップルの1人を演じました。


2015年のツアーでは、この曲を歌う際に流す映像として、多様性をテーマにしたドキュメンタリーを4本制作しました。そのうちの1本が上記の作品です。
他の3本では、車椅子で世界中を旅した女性(動画見つからず)、トランスジェンダー女性の教師(YouTube、後日談付きYouTube)、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの男性(YouTube)を扱っています。
若者に人気のスターがコンサートで流す多様性がテーマの映像、ということなら、いくらでもファッショナブルにできたと思うのですが、どれも本格的なドキュメンタリーになっています。

話はここで終わりません。
2018年、ジョリン・ツァイは葉永鋕に触発されて「玫瑰少年」という曲を作りました(アルバム『Ugly Beauty』収録)。
「玫瑰少年」(薔薇の少年)というのは、事件当時、メディアが葉永鋕に付けたニックネームだそうです。歌詞のなかでも「永鋕君のことを偲んで、忘れたりはしない。過去を煙のように消えさせたりもしない」「君の控訴は無声だけれども、よりたくさんの真理を訴え、数えきれない真心を呼び起こしているよ」と歌われています。
作詞はジョリン・ツァイに加え、カリスマ的人気を誇るバンド、五月天(メイデイ)の阿信、さらに、LGBT関連の活動をしている陳怡茹という人が歌詞協力として参加しています。


ありがたいことに、YouTubeの字幕機能(*)で歌詞の日本語訳を表示できます(元の歌詞で英語の部分は訳されていない)

* YouTubeの字幕設定
・パソコン…動画画面右下の設定アイコン(歯車マーク)をクリック→字幕→日本語を選び、左隣の字幕アイコンをオンにする。
・スマホアプリ…動画画面をタップすると現れるアイコン群の右上に点が3つ並んだアイコンがあり、そのなかに字幕の設定項目がある。

《参考》
葉永鋕事件|維基百科
超催淚!蔡依林Jolin告訴我們4個不一樣又怎樣的故事|VOGUE Taiwan
台湾「同性婚」法制化へ…世論を動かした、ある中学生の悲劇的な死|弁護士ドットコム
「トランスジェンダーだったかは、はっきりと分かっていませんが、葉さんは『娘娘腔(女っぽい話ぶり)』を理由に、トイレでズボンを脱がされるなどのいじめに遭っていました。そのため、授業中でないとトイレに行けなくなっていたのです」

「事故と見られていますが、くわしい経緯は今も分かっていません。学校側がすぐにトイレを掃除して、検証できなくしてしまったからです。学校側はいじめのことを知りながら、具体的な対策もとっていなかったため、世論の強い非難にさらされました」
台湾「同性婚」法制化へ…世論を動かした、ある中学生の悲劇的な死|弁護士ドットコム