2019年2月16日土曜日

[体験談]ニコール・メインズの父親、バレンタインデーにトランスジェンダーの娘と踊る

文字画像「体験談」
アメリカのドラマ『スーパーガール』第4シーズン(2018-)で、ニコール・メインズというトランスジェンダーの俳優がトランスジェンダーのヒーローを演じています。彼女はかつて小学校の女子トイレ使用をめぐる裁判で注目された人で、その後もトランスジェンダー女性としての体験を語るなどの活動をしていました。

父親のウェイン・メインズさんも、トランスジェンダーの子の親という立場から、一時期ハフポストやタイムなどで記事を書いていました。
今回はそのなかから、トランスジェンダーの娘の父親としての不安や喜びがつづられている、ある年のバレンタインデーのエピソードを紹介します。

A Simple Valentine's Day Dance | HuffPost (2013年)

ニコールが10歳の時のことです。当時はトランスジェンダーだと明かしたうえで女子生徒として学校に通っていました。
バレンタインデーを間近に控えたある日、ウェインさんはバレンタインデー恒例の「父と娘のダンス」のことを気にしていました。アメリカではバレンタインデーに家族向けのダンスパーティーが開催され、そこで娘と父親(や祖父)のダンスタイムを設けることがあるそうです。ウェインさんが暮らす町でも行われていました。

* 一例として、こんな感じのイベントのようです。

何よりもダンスが苦手なウェインさんは不安で仕方がありませんでした。また、明言してはいませんが、大勢の前で「父と娘」として振る舞うことも緊張の一因だったようです。
その夜、ニコールが帰宅し、私たちが夕食の準備をしていた時、町のレクリエーションセンターでダンスパーティーが開かれることをニコールが知らせてきた。私は間違いなくうろたえたし、そんな私に妻のケリーがどんな反応を見せるか、ちらりと様子をうかがった。事前に考えていたおかげで反応するのはいくらか楽だった。私の恐れがどうあれ娘の心を傷つけることはできなかった。私が「それはいいね!」と言うと、ニコールは微笑んで私をハグし、それ以上は誰も何も言わなかった。まるで普通のイベントのようだが、私にはそうではなかった。

ダンスパーティーの夜、ニコールや息子のジョナス、妻のケリーは新品の服でドレスアップし、ウェインさんも一番いいスーツで会場に向かいました。子供たちは父親の緊張など知る由もなく楽しんでいましたが、ウェインさんはひとり、試されているような気がしていました。
ケリーが、そしてニコールまでもが、私がどんな行動をとるのか待ち構えているような気がした。気のせいかもしれないが、これはテストなのだと思った。ニコールにとっては彼女が私の娘であるということの確認だ。

照明が落ち、音楽とともにミラーボールが回り出すと、もう、ウェインさんはパニックになりました。最初は子供向けのアップテンポなダンスが何曲か続き、その後、いよいよ父と娘のダンスタイムです。
ニコールと私はダンスフロアの中央に歩いていった。私たちが踊り出すのをケリーと会場の全員が凝視している気がした。私はなんとかワルツを踊りながら、努めて冷静でいようとした。頑張って自分を落ち着かせ、微笑み、ニコールの足を踏まないようにした。ダンスの途中で娘は満面の笑みで私を見上げた。

さまざまな理由でとても特別な時間だった。私がどんなに愛しているかを娘に示せて幸せだったし、私たちは父と娘なのだと町の人に示せたのも幸せだった。私は踊っている間ずっと、息をしろと自分に言い聞かせなければならなかった。時々、視界の片隅に映るケリーは、今この時が家族にとってなんて特別な瞬間だろうというような顔をしていた。私はまだみんなから見つめられているような気がしていたが、実際はそうでもなかった。小さな町のダンスパーティ、それ以上でもそれ以下でもなかった。

ウェインさんにとって思い出深い夜となりましたが、ダンスへの恐怖を克服できたわけではありません。それでも、いつか娘の結婚式でまた一緒に踊りたいと思っています。その時はきっと人目を気にすることなく、父と娘の特別なひと時を過ごせるだろうと思い描いています。

しかし、ウェインさんにとってダンス以上に困難なのは、こうした経験を気軽に話し合えるような同じ立場の父親の仲間がほとんどいないことです。
トランスジェンダーの子の父親として、現在と未来のことを非常に心配している。私はよく日々のシンプルな出来事を分析し過ぎるのだが、時にシンプルな物事がそれほどシンプルでないこともある。将来の計画を立てたり、同じ道をすでに歩んできた人たちから助言を受けたりするのは非常に有益だ。私にとって困難なのは、小さな町のダンスパーティのことや、娘をソフトボールチームに入れること、娘のデートのこと、そうしたことにどう対処すればいいかを話し合えるトランスジェンダーの娘の父親がほとんどいないということだ。自分と同じような父親たち数人で、ただ冷たいビールを飲みながら、スポーツの話の合間に、初めての父娘ダンスにはどう対処したのか話してもらったり、これからどう進んでいけばいいのかアドバイスをもらったりしたいと、時々思うのだ。

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