2015年8月10日月曜日

[体験談]ISISから逃れるため母国を後にしたイラク人ゲイ男性

イラク国旗の画像
近年、ISISが同性愛者とされる男性を捕まえては殺害し、その様子を世界に公開するという行為が繰り返されています。(*)
イギリスBBCのサイトに、ISISから逃れるため故郷のイラクを脱出したというゲイ男性のインタビュー記事が掲載されていたので、家族にまつわる部分を中心に紹介します。

* 下記BBCの記事内で見られるニュース映像では、ISISは2015年1月から7月の間に23人の同性愛者の殺害を記録したと報じている。
元記事はインタビューをもとに一人称形式で書かれています。インタビューの様子も動画で見られますが、吹き替え風の音声が被されているため、元の言語が何かは不明です。
Why my own father would have let IS kill me |BBC (2015)

父に見放され、母に救われた

24歳の医学生、Taim(仮名)は、とある出来事から同じ学生のOmar(仮名)にゲイだと知られてしまいます。OmarはのちにISISに加わることになるのですが、目を付けられたTaimは2013年と2014年に彼のグループからひどい暴行を受けています。
そして、期末試験期間中に町はISISに占領されました。Omarが電話をかけてきて、悔い改めてISISに加わるよう言うので、私は電話を切りました。

7月4日、ISISの兵士の集団が家にやってきました。父が玄関に出ると、兵士たちは「おまえの息子は不信心で同性愛者だから神の罰を下すためやってきた。」と言いました。

父親は、その告発が正しいか確かめるので明日また来るように、と兵士たちを追い返しましたが、家の中に戻ると叫び出し、息子に告げました。
「もしこの告発が本当なら、俺は喜んで、この手でお前を彼らに引き渡してやる。」
私はどうすればいいかわからず、何を言えばいいのか、どうやって自分の身を守ればいいのか分からず、ただ立ち尽くしていました。

ぼう然とするTaimを救ってくれたのは母親でした。真夜中に「今すぐ出発するよ。」と連れ出してくれ、ひとまず母親の姉妹の家に泊めてもらいました。
その後トルコに渡ろうとしたのですが、イラクから出るのは一苦労だったようです。国内に数週間潜伏しながら脱出方法を探り、最終的にレバノンのベイルートに渡れました。その間、母親は航空券やビザの手配など、息子がイラクから出られて二度と戻らずに済むようずっと尽力してくれました。

その後の家族との関係

身を隠さなければならなかったのはISISからだけではありません。最近、フェイスブックで匿名のメッセージを受け取りました。
「お前がベイルートにいるのはわかってる。たとえお前が地獄にいようと追いかけていくからな。」
母親はTaimの父方のおじの仕業だろうと考えているそうです。Taimが家を出た後、おじは一族の汚名をすすぐ誓いをたてていました。ISISに捕まらなかったとしても親族から殺されていただろうとTaimも語っています。
親族の大半と関係が途絶えました。イラクを離れて1カ月後、弟がフェイスブックでメッセージを送ってきました。
「俺は町を離れなきゃならなかった。家族はめちゃくちゃだ。全部兄さんのせいだ。」

頭にきて返事はしませんでした。でも大みそかに彼が恋しくなってメッセージを送りました。
「こんなふうに生まれたのは俺のせいじゃない。犯罪者はISISのほうだ。」
そのあと私たちはフェイスブック上で子供の頃の話をずっとしていました。

父親とは話をしていません。父がしたことにひどく傷つきました。私の父親なんですよ。何があろう私を守り、かばうもののはずです。父がISISに引き渡すと言った時、彼らが私をどうするか父には分かっていました。知ってて言ったんです。いずれ父を許せる日が来るかもしれませんが、今は父のことは考えたくもありません。私の人生からいなくなってほしいです。

母親とは毎週話をしていますが、通信範囲の関係で母親は毎回、町を出なければならないそうです。
母は世界中で一番素晴らしい女性です。教養があって、礼儀正しくて、とても頭がよくて。母は私を愛してくれていて、私を逃がそうとしているとき同性愛の話は一度もしませんでした。私を避難させることに集中してくれました。私の母親ですから、ゲイだということはずっとわかっていたと思います。でも、私が母から感じていたのは愛だけ、究極の愛です。逃げ出すときにさよならは言いませんでした。きっと戻ってきて母にまた会えるだろうと、何度も言葉を飲み込みました。

親友の死

今年の初めに地元のゲイの親友がISISに殺されました。同じ医学生の22歳、とても優しく物静かで、非常に成績優秀な「ちょっとした天才」だったといいます。Taimは彼が殺害される様子を動画で見ています。
最初に彼の画像を見た時の気持ちは言い表せません。あのビデオ映像は悪夢の中まで追いかけてきます。空中を落下していく自分の姿を見るんです。捕まってビルから投げ落とされる夢で、友人と同じ運命に直面するんです。

Taimによると、ISISが町にやってくる前からイラク軍兵士による同性愛者の逮捕、レイプ、拷問、そして残忍な方法での殺害が横行していたそうです。ですから、ISISがいなくなったとしても同性愛者への脅威はさほど変わらないだろうとTaimは考えています。(「変わったのはISISの行動にメディアが注目している点です。なんたってISISですから。」)
しかし、ISISはゲイ男性を捕まえることに関してプロフェッショナルなのだと言います。イラクのゲイ男性の間ではネット上のコミュニティが出会いや交流の中心となっていて、ISISはひとり捕まえると通信記録やフェイスブックのフレンドなどをくまなく調べ、芋づる式に捕まえていくのだそうです。

ISISがなぜそこまでしてゲイ男性を捕まえて殺害し動画で公開するのか。Taimの見解では、イラン社会では多くの人が同性愛者の死を望んでいるため、それを行うことで民衆の支持を集められるのだといいます。ISISが殺害するのが同性愛者だった場合、被害者に対する同情は集まりません。ネット上には「ISISは大嫌いだが同性愛者を殺してくれるのは大歓迎だ」というようなコメントがあふれます。
さらに、こうした憎しみに満ちたコメントに賛同する人が数え切れないほどいるんです。そのことにひどく心をかき乱されます。こういう社会から私は逃げてきたんです。

生活の再建を目指して

TaimはOmarのせいで自分の人生がめちゃくちゃになったと語る一方で、逃げ出せた自分はラッキーだったとも言います。
地元に今も残っている多くのゲイ男性のことが心配です。地元を離れる余裕のない仲間が何十人もいます。でも友人が亡くなったあと、オンラインでみんなに別れを告げてからブロックしました。彼らの安全のためです。

私が声を上げるのは殺された友人の名誉のため、そして今もイラクにいる知り合いのゲイ男性たちのためです。イラクの人たちに知ってほしい。私たちは人間なんです。犯罪者ではないんです。私たちには感情があり、魂がある。生まれが違うというだけで私たちを憎むのはやめてほしいのです。

私は逃げ出せて幸運でした。自分の魂を救えた。でも彼らは? 生き延びられるほど幸運だろうか? もし生き延びられたとして、追われたトラウマから回復できるだろうか? 最悪の状況です。彼ら全員が狙われているんです。

Taimは地元のゲイの友人たちとはもう誰とも連絡を取っていません。そして一連の記憶にさいなまれながらも、現在はイラクからの難民や亡命者を支援する団体「Iraqi Refugee Assistance Project」の協力のもと、ほかの国で医学の勉強を再開できる道を探っています。

《参考リンク》
(8/25追記)下の記事に出てくる「アドナン」さんは、Taimさんと同一人物のような気がします。話の内容だけでなく、ドミノのたとえなど同じような言い回しがBBCの記事にも出てきます。
安保理、LGBT問題で初会合 IS支配下の恐怖、同性愛者が証言 |AFPBB News

(8/27追記)元記事で見られるインタビュー動画の日本語版吹き替え版が公開されていました。
同性愛のイラク青年、友人をISに殺され 自分は…… |JBpress

名誉の殺人 |ウィキペディア
映画化された同性愛息子「名誉殺人」 母親が射殺指示 |dot.